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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)7314号 判決

原告 高橋三男 外三名

被告 国

訴訟代理人 滝田薫 外三名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、

「原告等と被告間に雇用関係の存在することを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」

との判決を求め、

その請求の原因として、

「一、原告高橋三男は昭和二六年三月二六日、同斎藤覚は同二二年一月八日、同高橋保は同年二月二七日、同秋山嘉男は同二三年三月二七日、同鈴木三郎は同二三年二月一一日、同藤原猛は同二二年一月二八日、同曳地駒之丞は同二五年八月二二日いずれも横須賀米海軍基地における駐留軍労務者として期日の定めなく被告に雇われたものである。

二、被告は、昭和二九年七月二〇日原告斎藤覚、同鈴木三郎に対し、同月一七日その余の原告等に対し、原告等を雇用することは駐留軍の保安上危険であるとの理由の下に労働基準法第二十条第一項本文の規定に基き平均賃金の提供をして解雇の意思表示をした。

三、しかしながら、右解雇の意思表示は次の理由により無効である。

すなわち、

(一)  日米両国政府間に締結され、昭和二六年七月一日に発効した「日本人およびその他の日本在住者の役務に対する基本契約」(以下、基本協定と略称する。)には、その第七条に「契約担当官において契約者(調達庁)が提供したある人物を引続き雇用することが合衆国政府の利益に反すると認める場合には即時その職より排除し、かつ、スケジユールAの規定によりその雇用を終止しなければならない」との一般条項が存し、その一般条項に対し保安基準を設定して紛争を避けるための協定(以下附属協定と略称する。)が昭和二九年二月二日アメリカ合衆国契約担当官と調達庁長官との間に締結され、即日発効した。

右附属協定第一条aにいうところの保安基準とは

(1)  作業妨害行為、謀報、軍規保護のための規則違反、またはそのための企図若しくは準備をすること。

(2)  アメリカ合衆国の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的にかつ反覆的に採用し若しくは支持する破壊的団体または会の構成員たること。

(3)  前記(1) 号記載の活動に従事する者又は前記(2) 号記載の団体若しくは会の構成員とアメリカ合衆国の保安上の利益に反して行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的に或いは密接に連繋することというのである。

基本協定は、占領中の契約であつて、講和後改訂の交渉が進められ、昭和二八年一〇月九日新規本協定の仮調印までできたが、同協定は、駐留軍側の意向によりなかなか全面発効に至らないので、基本協定中最も労働者の権利を侵害するものとして非難のあつた第七条に対する改正部分だけでも発効することが適当とされ、殊に労働組合側からもその実施について強い要求もあつたので、右第七条の改正部分のみを実施することとしたのが右附属協定である。従つて、同協定は、基本協定の附属協定という形式にかかわらず、実質的には、基本協定第七条の改正であつたのである。その結果、基本協定第七条に「契約担当官において契約者(調達庁)が提供したある人物を引続き雇傭することが合衆国政府の和益に反すると認める場合……」と規定して軍側の自由な主観的な認定にまかされていたのを改訂して、保安上の必要から解雇する場合の客観的な基準として前記保安基準を設定したものであるから、保安基準に該当する場合に限つて解雇するという趣旨に解雇権を制限したものというべきである。

原告等は、前記保安基準のいずれの項目にも該当しないし、その他原告等を駐留軍労務者として雇傭することは何等軍の保安上危険を及す虞がないから、前記原告等に対する解雇の意思表示は、解雇権を制限した右附属協定に違反し無効である。

(二)  次に被告の原告等に対する本件解雇の意思表示は解雇権の濫用として無効である。

すなわち、客観的に保安基準に該当しない労働者と雇用関係を継続することは軍にとつて何等の不利益となるものでないのに軍が主観的に不利益と考えたという一事で雇用関係を終止し、労働者の生計の途を絶つことは国民の基本権を侵害するものであつて正に解雇権の濫用であるのみならず、前記保安基準に該当すると主張する具体的事実を示さない点もまた解雇権の濫用というべきである。

四、以上のとおり、原告等に対する被告の第一項記載の解雇の意思表示は無効であり、従つて原告等と被告との間に現に雇用関係が存続しているのにかかわらず、被告は、これを争うので雇用関係存在の確認の判決を求める。」

と述べ、

被告指定代理人は、

「主文同旨の判決」を求め、

答弁として

「原告等の請求原因第一、二項の事実、原告等主張の基本協定が昭和二六年七月一日発効し、その第七条に原告等主張のとおりの条項があること、原告主張の附属協定が原告等主張のとおり締結され、その第一条aに定める保安基準が原告等主張どおりであることは認める。

(一) しかしながら、附属協定に定めた保安基準は、解雇権を制限する趣旨のものではない。

附属協定は、原告等主張の新基本協定の発効に至るまでの暫定的措置として、新基本協定の保安解雇条項とほぼ同趣旨の内容をとり入れてはあるが、基本協定第七条の判断基準を設定すること等を目的とした陶属協定として締結されたのであるから、附属協定の基礎となるものは基本協定であつて、附属協定は、その解雇基準および解雇の具体的手続を規定したものにすぎないものである。

そして、附属協定第七条は、「契約担当官において契約者(調達庁)が提供したある人物を引続き雇用することが合衆国政府の利益に反すると認める場合」とあり、陶属協定第一条c項d項によれば、米軍側で同条a項に該当するか否かを決定するについては、米軍側の保安の利益を許すかぎり、予め該当事由を日本政府に通知し、日本政府はこれに対し情報、資料を提供し、意見、見解を述べることができるが、米軍側が当該労務者が米軍の保安に危険であり、叉は脅威となるものと決定した場合は、日本政府は米軍側の要請に応じて必要な人事的措置をとることとされているから、保安基準に該当するかどうかの判断は、もつぱら駐留軍の主観的判断に委ねられており、これが解雇について保安基準に該当する客観的事実の存在は解雇権行使の要件となるものではなく、従つて保安基準が解雇権行使を制限するものではない。

従つて、附属協定が解雇権を制限するものであることを前提とする原告等の主張は理由がない。

(二) 次に原告等に対する本件解雇の行われた経緯は、昭和二九年四月一九日米軍側より原告等が前記保安基準(2) 及び(3) に該当する旨横須賀労管所長に通知された。そこで同所長は調査したけれども、原告等については保安基準に該当する事実を発見することができなかつたので、その旨当該指揮官に通知したところ、米軍側の上級司令官は審査の結果、なお保安上の危険があるとして解雇を要求して来たので、同所長は、附属協定に従い解雇をしたものである。

原告等のような駐留軍労務者は日本政府が雇用するものではあるが、駐留軍の指揮、監督に服して勤務するものである。

しかし、駐留軍では、その軍隊たる性質上高度の機密保持の必要があり、従つて駐留軍において保安上の理由から労務者を排除する必要があるとする以上、日本政府においてその理由を確認することができなくても、駐留軍のいう保安上の理由が単なる口実で解雇の要求が他の不当な目的を達成するためであると認められる特別の事情がないかぎり、駐留軍の要求に応じて労務者を解雇することは止むを得ないところである。

このような趣旨で定められた前記基本協定や附属協定に従つてなされた本件解雇は、解雇権の濫用にはならないものというべきである。

次に原告等に対する本件解雇は、労働基準法第二〇条第一項本文に基いて三〇日分の平均賃金を提供してする解雇であつて、かかる解雇は本来使用者の自由になし得るところであつて、正当の理由の存在を必要としないのであるから、本件解雇のなされた具体的理由である保安基準該当事実か客観的に明らかになると否とにかかわらず、解雇権の濫用となるものではない。

従つて、原告等の解雇権の濫用の主張も理由がない。」

と述べた。

〈証拠 省略〉

理由

一、原告等がその主張の日時いずれも横須賀米海軍基地における駐留軍労務者として期間の定めなく被告に雇用されたものであること、被告が原告等主張の各日時原告等に対し、原告等を雇用することは駐留軍の保安上危険であるとの理由の下に労働基準法第二〇条第一項本文による三〇日分の平均賃金を提供して解雇の意思表示をしたことは当事者間争ないところである。

二、原告等は、本件解雇は、解雇権を制限する趣旨で締結された附属協定に違反し、無効であると主張するので、まずこの点について判断する。

日本国は、アメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定により、日本に駐留する合衆国軍隊のために労務者を提供するのであるが、昭和二六年七月一日発効の両国間に締結された労務提供のための基本協定(成立に争ない乙第一号証)および前記行政協定第一二条、昭和二七年法律第一七四号国家公務員法等の一部改正法律によれば、労務者は駐留軍のため労務を提供するが、雇用主は日本国であり、その雇用関係は、私法関係であつて、もとより労働関係諸法令の適用を受けるべきものである。

そして駐留軍労務者のいわゆる保安解雇については、基本協定第七条により、「契約担当官において日本政府の提供した労務者を引続き使用することが米軍の利益に反すると認めるときは即時その職を免じ……」と規定され(前掲乙第一号証)、昭和二九年二月二日調達庁長官福島慎太郎と合衆国契約担当官エドワード・W・ソーヤーとの間に締結された附属協定(成立に争ない乙第二号証)によれば、該協定は基本協定第七条に基ずく解雇の基準とその手続を設定するため締結され、同日発効したもので、その保安解雇の基準は、原告等主張のとおり附属協定第一条a項に定められており、その解雇の手続として、

第一条

b B(日本国)側の提供した労務者が本条a項に規定する保安基準に該当するとA(合衆国)側が認める場合にはB側はA側の通知に基き最終的な人事措置の決定があるまで当該労務者が施設及び区域に出入することを直ちに差止めるものとする。

c 当該労務者が前記の保安基準に該当するか否かを決定するに当りA側は保安の許す限り該当理由をあらかじめB側に通告するものとする。

前記の通告に関しては、B側はA側がその決定をなすに資する情報資料をA側に提供しおよびB側の意見および見解をA側に述べることができるものとする。

d B側の提供した労務者が本条a項に規定する保安基準に照してA側の保安に危険であり又は脅威となるとA側が決定した場合にはB側はA側の要請に応じて当該労務者に対し必要な人事措置をとるものとする。

そして以上の手続の実施細目は、同協定第五条b項からe項までにより

(イ)  米軍の指揮官が保安上危険であるとの理由で解雇するのが正当であると認めた場合には、当該指揮官は米軍の保安上の利益の許すかぎり解雇理由を文書に認めて日本側の労管所長に通知し、同所長は三日以内に意見を回答する。

(ロ)  当該指揮官は更に検討の上嫌疑の根拠がないと認めれば、その後の措置はとらないが、労管所長の意見を検討してもなお保安上の危険を認めれば上級司令官に報告する。

(ハ)  上級司令官は調達庁長官の意見も考慮の上審査し保安上危険でないと認めれば復職の措置を、保安上の危険を認めれば解雇の措置をとるよう当該指揮官に命ずる。

(ニ)  上級司令官から解雇の措置をとるよう命ぜられた当該指揮官は労管所長に対して解雇の要求をする。

(ホ)  労管所長は当該労務者が保安上危険であることに同意しない場合でも解雇要求の日から一五日以内に解雇の通知を発するものとする。

と定められている。

かかる規定から観れば、いわゆる保安基準に該当するかどうかの判断は、終局的には、駐留軍の認定にかかつているものであつて、その点においては、基本協定第七条にいう「契約担当官において日本側が提供したある人物を引続き雇用することが米国政府の利益に反すると認める場合」と軌を一にするものというべきであつて、前掲各協定によれば、元来保安解雇は、米軍の保安のためになすものであり、附属協定に定められた保安基準自体が「合衆国の保安に直接的に有害であると認められる政策」とか或いは「合衆国側の保安上の利益に反して行動をなすとの結論を正当ならしめる程度」等終局的には合衆国側の認定を尊重せざるを得ないような基準である点に鑑み、日本側も米軍側が前記手続を経た上なお解雇を要求する場合は、米軍側の認定を尊重して解雇をすることとしたことが認められるから、附属協定は、単に米軍が保安基準に該当すると認定した労務者を日本側において解雇すべきことを約した協定に過ぎないと認めるのが相当であり、保安基準に該当する客観的事実があつて始めて被告において駐留軍労務者を解雇できる趣旨で定められたものと解することはできない。このことは附属協定第一条(c)項に合衆国側が常に保安解雇に該当する理由を日本側に通知するものとは定めていないことによつても推知できるところである。

原告等は、附属協定は、基本協定が保安解雇の事由を米軍側の自由な認定に委ねていたのを実質的に改訂したものであると主張する。なるほど附属協定は保安基準に該当すべき事実を明確にしたことと解雇手続を慎重にした点において保安解雇につき軍の恣意を制限したことは認め得られるけれとも、附属協定によつて保安基準に該当する事実の存在する場合に限つて保安解雇をなす旨解雇権を制限する協定が成立し又はその会談の席上軍側においてその旨声明したとの点に関する証人市川誠の証言は前記附属協定の文言に照し措信し難いところであり他にその趣旨に附属協定か締結されたとの事実を認むべき証拠はない。

従つて、原告等が客観的に保安基準に該当するものでないから本件解雇の意思表示は附属協定に違反するとの理由で無効となるとの原告等の主張は採用することができないところである。

三、次に原告等は、本件解雇は、解雇権の濫用として無効であると主張するのでこの点について判断する。

横須賀労管所長において原告等が保安基準に該当する事実を発見することができなかつたことは被告の自認するところであり、被告においても原告等が右保安基準に該当する積極的事実を主張立証するところのない本件においては、原告等には、本件解雇の理由となるような客観的事実は存しないものと認めるのが相当である。

従つて、原告等は、客観的には、保安基準に該当しないというべきであるが、それだからといつて、本件解雇は、当然に有効要件を欠缺するもの又は解雇権の濫用であると速断することは許されない。蓋し、本件のように期間の定めのない雇用契約に際して労働基準法第二〇条第一項本文に基いてする解雇は、法令、協約等に反しないかぎりは、原則として使用者の自由にまかされているのであつて、その効力発生要件として正当の事由又は客観的妥当性を必要としているものと解することはできないから、使用者が解雇に出た目的、方法等諸般の状況から善意その他不当の目的を達成するためにこの解雇権を乱用し或は当該労働契約の信義に反し解雇の効力を是認することが一般社会観念上許されない場合に始めて解雇権の濫用として民法第一条によりその効力を否定されるものであるからである。

今本件解雇について見ると、原告等が保安基準に該当しないということは駐留軍が自己の保安を期する余り、いわば疑心暗鬼を生じて客観的に保安に害のない原告等を主観的に害ありと誤認して解雇要求をしたもの、従つて相当の理由のない解雇ということができるに止まり解雇の有効要件として客観的妥当性を必要としないこと前記のとおりである以上それ故に解雇は無効ということはできないわけであり、しかも本件においては保安解雇は単なる口実に止まり解雇の真の理由は害意に出て他の違法又は不当な目的を達するにあるとの点については、原告等の主張立証しないところであるから、結局本件解雇は信義則に違反するかどうかの困難な問題に絞られるわけである。一般に期間の定のない労働契約にあつては、当事者は相当長期に亘る契約の存続とこれにより労働者側においては将来の生活の方針を樹立し使用者においても不当の解雇による生活の脅威を防ぎ相共に企業の発展に協力し以つて労働契約の不安従つて社会不安の除去を期待するのが通例というべく、憲法その他の諸法令の意図するところも多くこれと隔るものとは考えられず労働契約における信義則の一般的基盤もここにあるといえるであろう。従つて当初の契約締結の趣旨に反し企業への寄与性に悖る不当の解雇は信義則に反するものであるが、その判定は具体的の契約に即し一率に論断できないことは勿論である。国は駐留軍労務者の雇用者であるけれども、行政協定その他の協定によつて使用者は米軍であり、労働契約の締結解雇等の使用関係は挙げて軍の決するところにまかせられてある関係上その契約関係は日本国内における一般企業のそれと趣を異にするところにあるのはやむを得ないというべく、従つて信義則の適用もその特殊性を度外視できない。即ち駐留軍は外国軍隊であつて、その任務の性質上高度の機密保持と自国の利害に鋭敏であることは諒解するに難くないので、その保安に害があると判断し不安の念を懐いた者を基地から排除するためその解雇を要求し、日本側もこの要求に応じて解雇の措置をとつたとしても、社会観念上右解雇の効力を否定しなければならない程不当なものとは認められないところである。

更に駐留軍が高度の機密の保持を要する外国軍隊であるため、軍の保安上必要であるかどうかの認定については、軍の判断に重点を置かざるを得ないため、日本国も終局的にはこの要求に応じて、たとえ日本側において、解雇要求の理由を示されない場合でも、又当該労務者が保安基準に該当すると考えない場合でも必要な人事措置を採ることを約していること前記認定のとおりであつて、かかる協定を基本として締結されている原被告間の雇用関係においては、本件解雇が単に保安基準に該当しないとか或いは本件解雇の具体的理由を告知しないとかいうことだけで、その効力を否定しなければならない程原被告間の雇用契約の信義に反するものとは認められない。

従つて、原告等の本件解雇が解雇権の濫用として無効であるとの主張も、採用することができない。

四、以上のとおり、原告等の主張はすべて理由がないからこれを棄却し訴訟費用は、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 好美清光)

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